「祐一くんっ」
「ぐわっ!」
 和菓子店を出た矢先、突然あゆから奇襲攻撃を受けた。
「やっぱり祐一くんだ〜〜」
「お前はエルピー=プルか。離れろっ」
 俺はプルのように抱きついて来るあゆを、強引に振り落とした。
「うぐぅ〜、祐一くんが捨てたぁ〜。ちょっとだきついただけなのに〜〜」
「頼むから普通に登場してくれ……」
「うぐぅ〜、ふつうだよ〜」
「あれのどこが普通なんだ……」
 知人を見かけたからといって抱き付いて来る人間はそういないと思うが。あゆの普通の感覚は、常人とは異なるのだろうか。
「しかしこんな時間に何をしているんだ?」
 この時間帯ならば夕食の買い入れという所だろうが、あゆの手元に買い物袋らしき物はない。この時間帯にたい焼きを買いに来るわけはないし、それならば何をしに商店街に繰り出しているのだろう。
「探し物だよ」
「探し物? 何を探しているんだ?」
「うんっとね……忘れちゃった」
「あゆ……悪いことは言わん、出直して来い!!」
 何かを探しているというのに何を探しているか忘れたとは、間抜けにも程がある。そんなことなら闇雲に探すのではなく、一度思い出してから探したほうが効率的だと思うのだが。
「もう夕食時だし、今日は切り上げて帰ったほうがいいんじゃないか?」
 仮に探す目的の物が明確だったとしても、この既に辺りが暗くなった時間では見つかるものも見つからないだろう。そう思い、俺はあゆに探索を切り上げて家に帰ることを勧めた。
「う〜ん、でもぉ……」
「今度探すときは俺も手伝ってやるからさ。だから今日はもう帰れよ」
「ホント? ホントに祐一くんが手伝ってくれるの?」
「ああ」
 昨日あゆに部屋の整理を手伝ってもらったことだし、お礼返しにはちょうどいいと、俺はあゆの探索を手伝うことにした。第一、そうでも言わないとあゆが帰りそうにないし。
「うん。祐一くんが手伝ってくれるなら、今日はもうさよならだね。バイバイ、祐一くん」
「ああ。またな、あゆ」
 そう言い、俺は大きく手を振るあゆに別れを告げ、水瀬家への帰路を急いだ。



第壱拾五話「雪の舞い降りる宵闇の學舎で……」


「真琴、買って来たぞ〜〜」
「あぅ、ありがと、祐一〜〜」
 真琴は俺が買って来たドラ焼きを受け取ると、嬉しそうな顔で寝転びながら貪り始めた。
「そういやさ、何か思い出したか?」
 俺はドラ焼きを食いながら漫画を読む真琴に訊ねた。真琴が俺の前に姿を現してから2日経つ。いい加減そろそろ何か思い出しただろうと思い、俺は訊ねてみた。
「アハハ、おもしろ〜〜い」
「聞けよ、人の話!」
 俺は漫画に耽るあまり人の話を耳に入れない真琴を怒鳴りつけた。
「わっ、いきなり怒鳴らないでよ〜〜」
「お前が人の話を聞かないからだ。もう一度聞くけど、何か思い出したか?」
「う〜〜ん。思い出さない」
「そうか。話したくないなら話さなくてもいいけどな。でも、いつかは必ず話すんだぞ?」
 日が経っても名前以外を思い出せない。それは真琴が忘れているのではなく、話せないのではないかと思った。恐らく真琴は何かしらの理由で家出した少女なのだ。それ故元の家に帰りたくなくて、素性を話そうとしないのだと。
 それならば、今無理に聞こうとしても余計に口をつぐむだけだ。もう少し時間を空ければ自然に話してくれるだろうと思い、俺はいつかは話すようにと真琴に告げた。
「ただ、何となくだけどずいぶん前にこの家にいたことがある気がするの」
「えっ!?」
 どういうことだ? 真琴は単なる家出少女じゃなくて俺と同じ親戚だとでもいうのか。俺は秋子さんの兄弟や甥の顔は知らないし、ひょっとしたら秋子さんの親戚筋の子かもしれない。
 だが、その可能性はすぐに否定された。もし万が一秋子さんの親戚筋の子なら、真琴を見た瞬間誰の子か秋子さんには分かるはずだ。恐らく真琴は以前水瀬家と似た構図の家に遊びに行ったことがあるのだろうと勝手に結論付け、俺は真琴の部屋を後にした。



「祐一〜〜、貸したノート返して」
 夜の9時を回った頃、名雪から借りたノートを返すように催促された。
「分かった、ちょっと待ってな」
 部屋に入り、俺は鞄の中を捜索する。けど、名雪に借りたはずのノートは見つからなかった。
「すまん、どうやら学校に置き忘れてきたようだ」
 いくら探しても見つかりそうにないので、恐らくは学校に置き忘れたのだろうと、俺は名雪に平謝りした。
「う〜、困るよ〜、明日テストなんだよ〜」
 無論、俺も明日テストなのは承知で、テストの出題範囲や傾向を確かめる為にノートを借りたのだが。
「仕方ない、今から学校に取りに行くか」
「別に無理しなくていいよ。どんなに一生懸命勉強しても、先生はわたしをちゃんと評価しないだろうし」
「ちゃんと評価しない? どういうことだ?」
「わたしをお父さんの子供としか見てくれないんだよ。どんなに頑張って勉強しても、わたしが頑張ったからじゃなくて、わたしがお父さんの子供だから出来て当たり前だとしか見てくれないんだ……」
「そうか、そんなところにも春菊さんの影響が……」
 名雪の父、水瀬春菊。故人となった今でもその存在感は消えることなく生き続けているということなのだろう。父親があまりに偉大過ぎたために名雪が正当な評価を受けられないのは皮肉としか言いようがない。
「でもね、やらないよりはやった方がいいから勉強はしているよ。いつかは先生もわたしはわたしだって認めてくれるだろうから」
「色々苦労しているんだな。安心しろ! ノートは必ず持って返る」
「うん、本当にありがと、祐一」
「じゃあ、そういうわけで行ってくるぜ!」
 そう言い、俺は部屋に戻り外出の準備をした。
(とはいえ、学校まで1時間か……)
 勢いで学校にノートを取りに行くと言ったのはいいが、秋子さんの話だと学校まで歩いて1時間という話だし、この寒い夜に1時間もかけて学校に行く気にはならない。
「そうだ!」
 俺は潤がバイクを持っていたことを思い出し、潤に学校まで乗せてくれるよう頼もうと電話をかけた。
「……というわけだ、頼む潤! 学校まで乗せて行ってくれ」
「まあ、今日はこれから学校に行く予定だったから構わないぜ。つーワケで、今から迎えに行くぜ」
「ああ、サンキュー」
 俺は受話器を置き、出掛ける支度を整え潤が来るのを家の外で待ち続けた。



「もうこんなに雪が……」
 家の外はいつの間にか雪が降り始め、既に根雪の上に新雪が降り積もっていた。
「待たせたな、祐一」
 エンジン音が止まり、潤がバイクから降りた。
「悪いな潤、こんな雪の中学校まで付き合ってもらって」
「気にすんなって。元々行く予定のところに乗員が一人増えただけだ。吹雪いて来そうだから、早く行こうぜ」
「ああ」
 俺は潤から渡されたヘルメットを被り、助手席に座った。俺が座ったのを確認すると、豪快なエンジン音を立て潤のバイクは走り始めた。
「それにしても、凄い雪だな」
 実際は大して吹雪いていないのだろうが、バイクに乗りスピードが出ていることにより、身体に降り注ぐ雪は徒歩時より激しく覆い被さる。
「なあ、祐一。雪は何故美しいと感じられるか分かるか?」
「いや……」
 唐突に潤が何故雪は美しいか訊ねてきた。俺は答えが分からず、首を横に振った。
「雪はまばらに降っているときは美しく、人々の心を和ませるものだ。でもな、激しく降れば、雪は脅威となる。雪は時として死の象徴になることもある。冬になれば、あらゆる生命体はその活動を縮小させられ、辺りは静寂と混沌が支配する。冬は眠りの季節、この季節に生命活動を停止する生命体もいる。
 だが、春になれば雪解け水は新たなる生命活動の糧となる。雪は死の象徴として舞い降り、生の象徴として消えていく。永遠ではない、いつかは消える存在。毎秒降る一粒一粒が、無常の存在、一瞬の煌き……」
「まるで、雪そのものが生きていると言えるな」
「ヒトが自然の景観を無視し、自分達の生活のみを考え建立した醜き建築物が、全て自然に覆われる。全てが自然という地球本来の姿に舞い戻る。だから雪は美しいと感じられる。そして、科学が進んだ今でも、大雪になれば交通機関などが麻痺して、生活が困難になる。ヒトは自然を支配したつもりでいるが、未だに自然を掌握していない何よりの証拠だ。ヒトは雪が降る度に己の矮小さ、そして自然の偉大さを再確認しなければならない」
「雪は畏怖し、敬わなければならない存在か。そして、生命体の命を掌握し、左右する者。まさに神だな」
「そう神、八百万やおよろずの神だ。神道思想は木、石、雨……など、この世に存在するありとあらゆるものを神と見なす。そして冬という季節は、雪という名の八百万の神が支配する刻、全ての空間が雪の神の統治下に置かれる世界だ」
 神が支配する刻、それは異世界との境が曖昧になる世界。森の影から雪の精が顔を現しても不思議ではない。そんな環境で数々の東北文学は生まれたのだろうと、俺は思った。
「しかし、潤。お前の口からそんな高尚な言葉が出て来るとは夢にも思わなかったな」
 俺は潤が普段見せない博学な一面をさらけ出したことに、素直に感心した。
「いや、オレの言葉じゃねえぜ。全部タツの受け売りだ」
「何だ、そういうことか」
 潤がやたらと文学青年的な言葉を語ったと思ったら、全部達矢の受け売りか。確かにあいつなら潤の語った台詞を呟いても不思議ではない。
 ともかく俺たちはそんな雪が舞い降りる道程を歩み、学校へと向かって行った。



「さ、着いたぜ」
 潤の運転するバイクに乗り十数分、俺たちは水瀬高校へと着いた。学校に着いた頃には、家を出る時より若干雪が激しくなった気がする。
「サンキュー、潤。ところでお前は何の用があったんだ?」
「ちょっとした見回りだ。應援團は守衛も兼ねてるんでな。他の團員と日替わりで見回っているんだ」
 生徒昇降口は既に閉まっているとのことで、俺は潤と共に職員玄関から校舎内に入った。
「じゃあオレは1階を見廻しているから」
 そう言い、潤は職員玄関を真っ直ぐ進んで行った。俺は職員玄関の正面にある階段を昇り、2年生教室のある2階へと足を運んだ。
 2階に上がると目の前に職員室が見える。その横の廊下を真っ直ぐ進むと、目指す2年生教室棟へと辿り着く。
「それにしても、夜の校舎は何かが出そうな雰囲気だな」
 学校といえばトイレの花子さんやら動く二宮金治像、笑うベートーヴェンの肖像画など、とにかく怪談のネタが尽きない。特に雪が舞い降りる今日みたいな日は、雪女がひょっと顔を出しそうな雰囲気だ。
「ま、実際出るわけないがな」
 どうにもこうにも霊の存在を信じられない俺は、自分の下らない妄想に自嘲しながら教室へと向かって行った。
 カタ、カタカタカタ……
「ん?」
 今、風も吹いていないのに窓ガラスが揺れたような……。
「はは、気のせいだよな気のせい」
 恐らく1階を見回りしている潤が2階に上がってきたのだろうと勝手に納得し、俺は少し早足で教室を目指した。
「ええと、俺の机はどこだっけ?」
 いざ教室に着いてみたものの、転校初日で机の配置を覚え切っていない身としては、暗くなった教室は昼間とは別空間のように感じて、自分の机がどこにあるかさえ分からない。電気を点ければ話し早いのだが、潤と一緒に来たとはいえ、夜の校舎で電気を点けるのは気が引ける。
 パッ。
 そんなことを思っていると、突然教室の灯りが点された。
「サンキュー、潤」
 俺は見回っている潤が教室の電気を点けてくれたのだと思い、教室の電気のスイッチがある方に顔を向けた。
「えっ……!?」
 けど、スイッチのある方には誰の姿もなかった。スイッチが勝手に点いたとでも言うのだろうか。
「じょ、冗談はよせよ潤。隠れていないで出て来いよ」
 俺は潤が俺のことを驚かせようとしているのだと思い、声をかけた。けど、返事はなかった。
 ドサドサドサ!!
「わっ!?」
 俺は何かが物凄い勢いで落ちる音を聞き、驚いて後ろを振り返った。すると、教室の机という机からあらゆる物が床に落ちていた。
「……」
 俺は急に顔が青ざめて来た。地震が起きたわけでもないのに、机の中に入っていた物が落ちることなど、あるはずがない。ましてや、人間の力ではこんなことは不可能だ。なら、これは一体……。
 ビュッ!
「ひっ!」
 突然何かが俺目掛けて飛んで来た。俺は咄嗟に頭を抱えて身を低くした。
「あ、あれっ、これは……。名雪のノート!?」
 恐る恐る目を開けると、足元にノートが落ちていた。何のノートかよくよく見ると、それは自分が探していた名雪から借りたノートだった。
「う、うわあああああ〜〜!?」
 俺は全身に恐怖を感じ、手に取ったノートを投げ捨て、悲鳴を上げながら教室から逃げ出した。突然点いた電気、机から落ちる物、そして自分の足元に落ちる名雪のノート。それらの怪現象はまるで俺の意思を読み取り、俺の意思に答えているかのようだった。
 俺はそれが怖かった。これは俗に言うポルターガイスト現象なんかじゃない。もっとそれ以上の、何かしらの意思を持ったモノの行動。それこそ悪霊と呼ばれる類の仕業にしか思えなかった。
「くそっ、俺が一体何をしたって言うんだよ!?」
 仮に悪霊の仕業だとしても、恨まれる理由はない。一体なんでこんな怪現象が自分に降りかかるのかまったく分からず、俺はとにかく職員玄関を目掛けて走り続けた。
 バリバリバリバリバリ!!
「うわっ!?」
 突然前方の窓ガラスが一斉に割れ出した。俺は咄嗟に足を止めて身を引いた。まるで俺の逃げ場をなくすように割れ出した窓ガラス。それは俺を決して逃がさないという悪霊の意思のようにも感じた。
 パサッ……。
 足元に何かが落ちる音がした。俺は恐る恐る自分の足元を見た。
「……!? な、なんで教室に投げ捨てたはずのノートがこんなところに……」
 それは教室に投げ捨てたはずのノートだった。それはまるでノートそのものが意思を持ち、俺を追いかけてきたかのようだった。
「なんなんだ、一体なんなんだーー!?」
 俺はもうとにかくわけも分からず、錯乱状態のまま逃げるしかなかった。



 ドカッ!
「ぐわっ!」
 前も見ずに一目散に逃げていると、突然何かにぶつかり俺は尻餅をついた。ぶつかった先に目をやると、そこには人影があった。
「じゅ、潤か!? 助けてくれ! 今何かにっ……!?」
 俺は巡回中の潤にぶつかったのだと思い、助けを乞うように声をかけた。
「違う、潤じゃない……。誰なんだアンタは……!?」
 けどぶつかった相手は潤じゃなかった。窓から入る外灯に照らし出された顔は、長い黒髪を結っている少女の顔だった。
「……」
 少女は俺の問いに答えず、無言で俺の前に立ち出た。
 ビュッ!
 刹那、再びノートが俺目掛けて迫ってきた。
 ザシュッ……。
「えっ!?」
 一瞬何が起きたか分からなかった。よくよく見ると少女は諸刃の両手剣を手に取り、その足元には真っ二つに斬られたノートが散乱していた。少女に斬られたノートは二度と俺に向かってくることはなかった。
「……今宵は、いつになく魔物がざわめく……。魔物を騒がせているのはあなた……? あなたは、誰……?」
 少女はゆっくりと俺のほうを向き、意味不明な言葉を語りながら俺の素性を訊ねてきた。
「き、君こそ、君こそ一体何者なんだ……?」
「私は魔物を討つ者だから……」
「魔物を討つ者……?」
 そう言うと少女は、雪が舞い降りる宵闇の校舎の奥へと姿を消していった。
「どうしたんだ、祐一? こんな所で尻餅なんかついて……」
 入れ替わりに、潤が俺の目の前に姿を現した。
「あっ、いや、実は……」
 俺は未だ混乱がおさまらぬ状態で、潤に事の一部始終を話した。
「はぁ? 魔物に襲われたぁ? 寝ぼけてんのか、祐一?」
 潤に疑われるのも無理はない。俺がつい先程まで体感したことは、とても常人には理解し難いことだ。
「信じられないなら信じなくてもいい。けど、現場はきちんと見て欲しい」
 俺はゆっくりと腰を上げ、再び襲われるかもしれない恐怖を抱きつつ、元来た廊下を戻り出した。
「なんじゃこりゃ!?」
 辺り一体に散らばった窓ガラスを見て潤が驚いた。
「まさか祐一、お前がやったのか?」
「そんなわけないだろ。第一、俺に窓ガラスを割る理由がないだろうが」
「そりゃそうだが。しかし魔物ねぇ。まさか封印が……」
「封印?」
「いや、何でもない。被害はこれだけか?」
「いや、あとは教室だ」
 潤が意味深な言葉を呟いたが、俺は続けて最初に怪現象が起きた教室に案内した。
「あ〜あ、こりゃヒデェなぁ。確かに人間の仕業にしちゃ度が過ぎてるな」
 乱雑に机の物が散らかっている教室を見て、潤が雑感を呟いた。
「今でも目の前で起きたことが信じられないよ。これが夢ならどれだけいいか」
「確かに夢ならいいかもな。でも、これは間違いなく現実に起きたことだ。現実に起きたことならちゃんと対処しなきゃな」
「対処?」
 まさか、魔物を退散させるとでも言うのだろうか。
「後片付けだよ、後片付け。教室や廊下をこのままにしておいて帰れないだろ?」
「ああ、確かに」
 その後俺は潤と一緒に散らばった物やガラスの後片付けをし、学校を後にした。一応今日の出来事は誰にも話さないほうがいいと潤に言われ、俺もそれに従った。



「ただいま……」
「お帰り、祐一。ノートは見つかった?」
 帰宅すると、出迎えてくれた名雪が当然の如くノートのことを訊いてきた。
「いや、それが……」
「どうしたの? ひょっとして探したけど見つからなかった?」
「いや、見つかったことは見つかったんだが……」
 理由は分からないけど、ノートに魔物が取り憑いて俺を襲い、ノートの魔物は魔物ハンターの少女が成敗したけど、その代償としてノートは真っ二つになってしまった……なんて説明できるわけない。
 けど、ここでノートのことを秘匿したままでも、翌日また訊かれるに決まっている。その時また誤魔化したとしても、返すまで催促は続く。
「実は、ノートを机から抜き取った瞬間、一緒にカッターが落ちてきて、こんなことになってしまったんだ……」
 このままではいずれ口を割らざるを得なくなる。それならば今の内に晴らしたほうがいいだろうと、俺は適当な理由を作ってノートの惨状を説明した。
「あ〜〜わたしのノートが〜〜!!」
「ホント、ゴメン! 全部俺のせいだ! あとからいちごサンデーでも何でも奢るから、今は許してくれ!」
 実際は俺の不注意でも何でもないのだが、ここで事実を話しても信じてもらえないどころか、余計に疑われるだけだ。そう思い、俺は名雪に平謝りした。
「分かったよ、そこまで謝るなら許してあげる。祐一にケガがなくて、良かったよ」
「ああ、ありがとな名雪」
「祐一、お風呂汲んであるからあとから入ったほうがいいよ。おやすみ祐一」
「ああ、おやすみ名雪」
 名雪は俺におやすみの挨拶をすると、2階へと昇って行った。俺も名雪の後に続き2階へと上がり、着替え類を持って風呂場へと行った。
「ふう、今日は本当に色々あったな……」
 風呂からあがり蒲団に就くと、俺は今日一日の出来事を振り返った。朝の潤との寸劇に、栞との再会、伊吹先生の特別講習に、夜の校舎の事件……。出来事の他に今日出会った人々の顔を思い浮かべた。幸村先生に石橋先生、伊吹先生にその妹の風子、應援團の團長和人にその妹の有紀寧、生徒会長の久瀬、そして深夜の校舎でのあの少女。こう振り返ってみると、今日一日だけで随分と多くの人々と出会ったものだ。
 登校初日でこれだけ多くの出来事と出会いがあった。これから一年と少し学園生活を続けていくことになるが、もうこれだけ色々ある一日はもう来ないだろうと思いつつ、俺は眠りへと入っていった。



「なあ、祐一。もしこの世に超能力があったとしたら、お前はどう思う?」
「ちょうのうりょく?」
 まいとしぼくはお母さんにつれてかれて、春菊おじさんのおうちにあそびに行ってました。ある夏の日にとつぜん春菊おじさんにそんなことをきかれたんだ。
「そう、例えば手を触れずに物を動かしたり、手をかざすだけで傷口が治ったりする力だ。もしそんな力があったら、お前はどう思う?」
「う〜〜ん。おもしろいと思う」
 そうぼくはこたえた。だって春菊おじさんが言ったことがホントにできるなら、それはすごくおもしろくてたのしいことだと思うんだもの。
「そうか。ならば彼女に会わせても大丈夫だな。祐一、これからおじさんと出かけよう」
「どこ行くの?」
「超能力者のところだ」
 そう言う春菊おじさんに、ぼくは春菊おじさんが先生をやっている学校につれてかれたんだ。
「あら、おはようございます水瀬先生」
「おはよう、伊吹君。毎日彼女の相手をしてもらってすまない」
「いえいえ。妹がもう一人できたみたいでとっても楽しいです。ところでこの子は?」
「妹の息子で祐一と言う。彼女には同世代の理解者が欲しいと思ってね。祐一ならば彼女の力を理解し友達になってくれるだろうと思ってね」
「まあ、それはいいことだと思います」
「さあ祐一、伊吹君にご挨拶しなさい」
「はぁい。こんにちは、はじめまして。ぼくは相沢祐一って言います」
 ぼくは春菊おじさんに言われたとおりに、制服をきた女の人にあいさつしたんだ。
「あら、元気で可愛い子ね。私は伊吹公子って言うの。よろしくね、祐一君」
「ねえねえ、お姉ちゃんが超能力者なの?」
「う〜ん、超能力者と言えば超能力者だけど……」
 ぼくが公子お姉ちゃんに超能力者かって聞いたら、お姉さんはこまった顔をしたんだ。
「伊吹君、せっかくだ、祐一に君の力を見せたまえ。私が許可する」
「そう、なら祐一君、私の超能力を見せてあげるわ。ちょっと待っててね」
 そう言って公子お姉ちゃんはぼくの前からいなくなって、しばらくしてから木のカケラを持ってきたんだ。
「いい? 祐一君。一回しかやらないから、よく見ておくのよ」
「はぁい」
「ここに一個の木片があります。さて、ここでいきなりだけど祐一君に質問です。この木片をお人形にするにはどれくらいの時間がかかるでしょう?」
「えっ? ええっと、多分100時間くらいかかると思う」
「そうね。100時間とは言わないけど、1、2時間では作れないわね。でもね、私の力を使えば……」
 公子お姉ちゃんは彫刻刀を木のカケラに当てたんだ。すると、木のカケラはみるみるけずられて、1分くらいでお人形さんになったんだ」
「わーー、すごいすごい!」
「ふふっ、どうもありがとう。でもね祐一君。お姉ちゃんの力は大したことないのよ」
「えっ!? じゃあお姉ちゃんよりもっとスゴイ超能力者がいるの?」
「ええ。今呼んであげるわ。舞ちゃーーん、あなたのお友達を連れてきたわよ〜〜」
「お友達……?」
 公子お姉ちゃんが呼びかけると、ぼくと同じくらいの女の子が呼ばれて来たんだ。
「えっ、この子がお姉ちゃんよりスゴイ超能力者!?」
「ええそうよ。舞ちゃん、さっきお姉ちゃんに見せたのを、この子にも見せてあげて」
「うん、分かった……。でもその前に、君は何て言うの?」
「ぼくは、相沢祐一。君は?」
「私は川澄舞……。じゃあ、祐一くん。今から私のフシギな人形劇をお見せします」
「人形劇?」
 そう言うと、舞ちゃんは地面にかわいいお人形さんをおいたんだ。
「いい? このふつうのお人形さんに手をかざすと……」

…第壱拾五話完


※後書き

 今回は改訂前の文章の割合が多いですので、書くのはそんなに時間がかかりませんでしたね。全体の流れは改訂前とほぼ同じで、夜の校舎での出来事を大幅加筆し、最後の回想シーンは書き直しました。
 さて、ようやく最後のメインヒロインである舞が登場したわけですが、出るまでにずいぶんと時間がかかりましたね。改訂前ですと第壱拾話での登場だったのが、改訂後は5話も先になってしまいました。「Kanon傳」ですと15話は大体話の真ん中くらいなのですが、改訂版だと3分の1が終わったかな? という感じです。CLANNADとクロスオーバーして登場人物が増えたのだから、尺が長くなっても仕方ないですね。
 でもまあ、舞の登場を15話という区切れの良い回に持ってこれて良かったです。この作品は舞の登場と共に世界観がガラリと変わりますからね。

壱拾六話へ


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